もうひとつのホグワーツ・レイコック寺院: LACOCK

今日の目玉は、 レイコック。やはりハリーポッターのロケ地となった場所だ。

途中サイレンセスター:Cirencester で一休み。 Cirencester は大きめの町なので、幹線道路で、迷うことなく到着。駐車場もスムーズにみつかり、まずまずの滑り出し。Cirencester Parish Church以前 10 分ほどいただけなのに、物知り顔に先導する私。

大きな教会Cirencester Parish Churchが中心に見えるので、簡単なのだ。すぐ出発するつもりだったのに、インテリアショップで沈没。そこだけで小一時間使ってしまう。ようやく街に戻ると、なにやらさっきと雰囲気が違う。5

サーカスが来ているのだ。宣伝中のサーカス団員楽隊と一緒に、ビラを撒くサーカスの人達。楽しそうだにゃ~、と時間を見ると、夕方 6 時から。う~ん、残念。こんなチャンスめったにないのに… と恨めしいが、仕方ない。

レイコックの後はバースへ向かわねばならず、余裕がない。ありがたく、チラシだけをもらう。

教会前の広場には市が立ち、なかなかに盛況だ。金曜なので、魚屋もあったが、鮮度は、疑問。相棒はギラッと睨んで、オジサンを威嚇。オジサンの必死になってハエを追う姿が情けなく、こんな店の魚、大丈夫なんだろうか、と危ぶむ。

子供用の本の専門店を見つけ、吸い込まれる。欲しい本はなかったが、こちらでもブーム再燃のサンダーバードなど、いろんな本が出ていて面白かった。

ハリーポッターのトランプを見つけ、ほくほくしながら購入。「A と 5 で違う絵柄が載ってるんだよぉ!」とルンルンの私を、「それは外箱だけよぉ!どうせ、中の絵柄はみな一緒」と、オトナな発言でイジメタくせに、レジにある 3 人の栞をみるなり「買うぅっ」と、まるでガキ。

レジのお兄ちゃんは、その勢いに、一瞬たじろいでいた。

車に戻るなり、トランプの絵柄を確認する。つくづく大人げない二人である。

結果は私の勝ち~。ほ~っほっほっほ。外箱を信じた私を、神は見放さなかった。急に態度がデカクなり、「あの本屋に戻ろぉかぁ~」とイヤミな口調でイジメ返す。

ぷるぷると怒りに震えながら、ドスの聞いた声で「いい」と、言うなりアクセルを踏む相棒。こりゃイカン。もみ手をしながら、「バースで一緒にさがそうねぇ~」とおもねる。

このせいでもなかろうが、ここから、 いつもの迷子パターンにハマり、街から抜け出すのにえらく苦労した。

レイコック村:Lacock

古い町並みが多く残る英国でも、村ごとナショナル・トラストに保存されているのは珍しい。

13 世紀に建てられた女子修道院 – レイコック寺院 – を中心に、13 世紀から 16 世紀頃までの住居が混在し、まるで大昔の住宅展示場。いや、立体住宅カタログか?車がなければ、21 世紀だとは思えない、蜃気楼の様な村である。

ヘンリー八世が、そのワガママからローマ法王庁と袂を分かち、英国国教会という、プロテスタントのキリスト教の一派を創設。そのあおりで、あちこちで修道会が解散させられた。グロスターも、その時に修道会自体は解散させられている。

レイコック寺院は、ヘンリー八世が William Sharington に売っ払い、以来、個人の邸宅だ。1994 年、National Trust に移譲するまでの 400 年以上の長きを、一族が住居として使用。

「Abbey」には、「もと大修道院だった邸宅」という意味もあるそうだが、この辺の事情と無縁ではないのかもしれない。

ハリーポッターで騒がれるまで、写真の父ともいうべき、Talbot 氏の「Fox Talbot Museum」 が、村のもう一つの目玉だったと思うが、氏は、この一族の令嬢と結婚した縁で、ここに住んでいたそうな。

今も写真の基本である、「ネガ・ポジ」の誕生に、一役買った出窓が有名。

内部は住居になって長いので、修道院の名残はあまりない。

絵画が山ほどあるのと、普通とは違う部屋の割り振り。世界各地からの収集品など。家具などは 19 世紀・リージェンシー様式のものが多い。

各部屋に案内人がいて、相棒はうっかりひっかかり、延々と講釈を受けたらしい。

レイコック村は、BBC の「高慢と偏見」のロケ地としても、ずいぶん注目されていて、ショップには分厚いメイキング本が山とあり、こちらはご当地のオトナ達に受けているようだ。

それに比べると、ハリー関係はカードくらいで、無いに等しい。ナショナル・トラストの店だからだろうか? なんとなく不思議。そういえば、グロスター大聖堂のショップにも、関連グッズのようなモノは皆無だった。

寺院には、タルボット・ミュージアムを抜けてしかたどり着けないのに、我々は、別に入口があるものと、外周を半分ほど廻ってしまい、えらく疲れた。ふうううぅ~。

寺院の内部は、ハリーファンには無関係? なので、すっ飛ばして回廊へ直行も可。入場料も 3 種ありなかでも「Garden,Cloisters & Museum only:庭・回廊・博物館」は回廊に行けて、しかも一番安い。

館の正面を通り、左に回り込むと、回廊の入口で、入口の真上に出窓があるが、それが有名な「ネガの窓」

映画は、写真の子供のようなものだから、この窓がなければ、ハリーポッターの映画も無かったはず。そう思うと、なにやら有難い気がする窓である。

レイコック寺院の回廊

ここの回廊は 13 世紀のままなので、グロスターやクライストチャーチに比べ、天井が低い。

扇状模様も力強く、中世的だ。ところどころ壁が崩れているのも、なかなか感じが好い。

レイコックの北の回廊は、2 作目で、ハリーがバジリスクの声を壁ぞいに追うシーンで登場する。ロンとハーマイオニーが合流し、走って曲がるまでがレイコック寺院。曲がると、そこはもう、グロスター大聖堂の東回廊に切り替わっている。

ここの東通路は一作目で大活躍。角っこの柱の辺は、マクゴナガルがウッズに「シーカーを見つけましたよ」というシーンで登場している。

回廊に面した部屋は、それぞれ、1 作目のスネイプの教室。みぞの鏡があった部屋として登場。2 作目でも、皆がハリーに冷たい視線を送りながら勉強している部屋として、同じ部屋が登場している。

1 作目のクィレルの教室もおそらくここだと思うが、確証はない。車椅子用の通路は、ハーマイオニーのメモを手に、ロンとハリーが歩いているシーンに、ちらっと登場していた。

みぞの鏡のシーンでは、回廊部分も部屋の一部のように使われていて、感心した。初めて部屋に入る時、ハリーが居るのは回廊部分。ガラスなどの仕切りがないので、同じ室内にあるように見えるが、実は部屋部分は、少し掘り下げられている。

カメラが下から撮っているせいで、大空間のイメージがあり、実際にその場に立っても、最初はピンと来なかったが、ナショナル・トラストの親切な説明パネルのおかげで、納得。

見ただけでは、「似ているけど、違うかも」と自信がもてなかった位、空間から受ける印象が違う。※左は「みぞの鏡」で使用された (集会所) Chapter House

レイコック南面の回廊は、ハーマイオニーのメモを基に、ハリーが謎を解いているシーンのあたりに登場。謎を解いている時は東の回廊にいるが、ロンと共に、東から南へと歩いて移動している。このあと、マクゴナガルのアナウンスを聞き、駆けつける先は、やはり、グロスター大聖堂の回廊だ。

ハーマイオニーが薬を調合するのに使っていたような鍋も、どこかで展示されているらしいのだが、私達が行った時は、なぜだか鍋はなかった。

かなり大きな物らしいので、まさか見逃してきたとも思えない。トラストの店で鍋の載った絵葉書をみて、鍋にもモデルがあったとは…と驚いたが、ここまで来ていて、実物が見られなかったのは、残念。

ひょっとしたら、英国では、ヨクアルかたち、なのかもしれないが、ここの回廊にある、というのが好いよね。※右は南回廊5

レイコック村のはずれには、ハリーがヴォルデモートから傷を受けた、因縁の生家として使われた家もあるらしい。行った時にそのことを知らなかったのが実に残念。

ホントに小さな村なので、立ち寄ることなど造作もなかったはず。とはいえ、どこも現役の住居なので、おおっぴらには教えてもらえないのかもしれない。

ここは、古い町が好きな人、写真愛好家、建築愛好家、「高慢と偏見」ファン、そしてもちろん「ハリーポッター」ファン。と、色んな世代、色んな興味を持った人が、それぞれに想いをはせながら、ゆったりと夢みるように歩いてる。

古いはずの村なのに、澱んだ感じがないのは、そんな皆の想いのせいかもしれない。

同い年の親子

スネイプの教室となった部屋や回廊では、皆譲り合って写真を撮っていた。シャイな感じのカワイイ男の子とお母さんも、熱心にあちこち撮影。私もツーショットを撮ってあげた。

こちらの相棒が、ハリーの真似をして、カメラに収まる処を目撃するや、ビックリしたような彼の眼が、急に熱を帯び、「そうか!その手があった」というように、ママとご相談。

わが相棒のように、「見られて減るもんじゃなし」つー域に達してない彼は、必死に眼で、我々の退去を訴える。カワイイのぉ。

もっとも、回廊は素通しなので、丸見えなんだけどね。 ※左はスネイプの教室として使われた(聖具安置所)

彼は、我々を「クール」な親子だと思ったらしく、頻りと感心している。その旨彼女に伝えると、「まっさか」と取り合わない。仕方ないので、寺院でも、そう思われてたことを伝えてアゲル。

花を愛でてる彼女を庭に残し、先に館入りして絵を見ていたら、「ママはその部屋だよ」の声。ほどなく現れたのは彼女だけ。

「ママとは、あっしのことですかい?」とひっかかるも、この時は見学に忙しく、話題にはしなかった。

興味が違うので、後になったり先になったりしながら、結局は私が先に出て、ロビーで待つ態になった。中々出てこないので、友人に葉書を書きだす私。

そこへ、タタタッと足音も軽く彼女が登場。オマケにパンフレットを買うのに、この小銭で足りるか、とお金を手のひらに出す。わざとか? と思える位のタイミングの良さ。
これはもう完全に、親子の図。

ふと顔を上げると、ボランティアのおじさんがニコニコしながらこちらを見ている。ダメ押しに、彼女が「回廊はぁ?」 とパンフを指しながら聞いてくる。おじさんは身を乗り出さんばかりにして、質問を待っている。

仕方なく聞くと「外に出て、左」と教えてくれる。彼の笑顔は、完全に「東洋から来た、ハリーファンの親子」にむけられたソレである。

なぁにが哀しゅうて、同級生の、あまつさえ、んヶ月年上の「ママ」に見られりゃならんのじゃ、と内心憮然とするも、ここまで盛大な笑顔を向けられると、微笑み返すしかない。とほほほほ

※左はクィレルの教室だと思われる部屋。

ナンパ未遂が多発していた件

可愛いタイプの彼女は、若く見られるのには慣れているのだが、さすかにここまで若く見られると、不安になるらしい。

ここぞとばかりにナンパ未遂があったことを教え、溜飲を下げる私。

エジンバラでの事。のっぽの 3 人組男子の一人が「カワイイ」を連発。声をかけようとした瞬間、彼女が振り向き、私に日本語で叫ぶ。「ママ付き」だと勘違いした彼らは、すごすごと通り過ぎたのであった。

このあと、バースでも同様のジケンがあり、その時はまず、日本人か中国人かでもめ、歳を 15 くらいだとふんで、彼らより、一つ年上! だが、可愛いから…と、これも声をかけたそうだったが、横にいるグラサンのオバサン(私である)に気付いて、そそくさと消えていったのであった。 ※右は車椅子用通路5

寿司御前? 談? もーっ、その都度言わんかい (-_-メ)? 出会いが未遂じゃ!

今までも車が停車中、ぎょっとしたような顔で、運転席にいる彼女を覗き込んだ人とか、色々あったのだが、メンドウなので、いちいち報告していなかった種々の事なども、この際とばかりに教えてさしあげる。

う~ん。親切だな、我ながらほれぼれするぜ。

サバをよむにも程がある、といっても、本人の所為ではないが、失点? を取り戻そうと、「15の子の母でも、実齢より若いじゃん」だと。フォローになっとらんじゃないか、フォローに。

ま、これは極端な例としても、東洋人は本当に若く見えるらしい。欧州では、若い=未熟、なので、女性にとってはなかなか微妙である。

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